プロ家庭教師のジャンプ:正社員
先輩教師の声:システム開発室 室長

人に影響を
与えられる仕事

できるようになる達成感を
知ってほしい

一般的な塾や家庭教師の会社だと「知的障害」「ダウン症」「場面緘黙」といった生徒たちは、受け入れてもらえないのが現実です。だからこそ、何としてもそういう子供たちに「わからないことがわかるようになる喜び」や「できないことができるようになる達成感」を知って欲しい。私はそう強く想いながら、この会社で日々仕事に誇りを持って取り組んでいます。しかし、人に何かを教える仕事は決して簡単なものではなく、様々な壁に負けてしまいそうになる時もあります。そんな時自分を助けてくれるのは「過去の成功体験」です。生徒と同様、私たち教師もまた「過去の成功体験」に背中を押されながら、日々教育の道を歩んでいるのです。私に教える仕事のやりがいと素晴らしさを教えてくれた数々の生徒さんの中で、1人の元不登校児のエピソードをご紹介させていただきます。

ADHDの不登校生徒が
変わる瞬間

7年前の夏に、ケンタ君(仮称)と私は出会いました。ケンタ君は、ADHD、ゲーム依存、不登校、反抗期真っ盛りという中学2年生で、父親は幼少期に他界していました。はじめて訪問した日、彼は昼過ぎに起きてからずっとヘッドホンをつけてオンラインゲームに夢中で、お母様も「話しかけても無視する状態でして…。どうしたらいいでしょうか。」と困った様子でした。部屋に入って話しかけても完全に無視。私は30分ほど無言で横に立って、ゲームの様子を見ていました。辛抱強く待ち続けても「何の用?」と言われるだけで初日は指導に至らず部屋を後にしました。

そして2回目の訪問。「ケンタ君と一緒に勉強したい」「ゲームの話でもする?」とコミュニケーションを取ろうと試みたものの惨敗。「勝手にどーぞ。来ても無駄だけどね。」と突き放されて終了しました。3回目の訪問ではお母様から「寝起きで機嫌が悪いと思います。せっかくお越しくださったのに…。先生が嫌でなければ、息子と話だけでもしていただけますか?」と言われ、会話を試みてみるもののケンタ君は再び眠ってしまいました。

コミュニケーションがとれない不登校生徒

4回目の訪問で私はケンタ君にこう切り出しました。「ケンタ君、中2でしょ。思い切って中1、中2、中3の計算分野を年内に一気に完成させるのってどう?」この言葉にケンタ君はピクッと反応しました。どうやら彼のゲーム好きな心に触れたようです。「は? そんなのできないっしょ。」と笑うケンタ君に、私は「できないと思ってたのにクリアできたゲームってあるでしょ。それと同じだよ!信じてみない?先生はゲームは疎いけど、勉強に関してはプロだからね。」と応えました。ケンタ君は「マジで言ってるの?」と笑っていましたが、その日から「3ヶ月で因数分解をマスターする」ことを目標にして指導をスタートさせることに。はじめは20分、次は30分、といった調子で少しずつ学習できる時間が長くなり、11月には中2の多項式、12月には展開公式と因数分解と二次方程式の解法といった具合に、短期目標ができたことで予定よりも更に進むことができました。目標を達成したことでケンタ君は「勉強ができた」と実感できたのでしょう。指導前と比べて表情がどんどん明るくなり、笑顔を見せてニュースの話やオンラインゲームの話も雄弁に語ってくれるようにもなりました。指導についても「3年生なっても関数はあるんでしょ? だったら進めていこうよ。」と本人から希望してくれ、引き続き指導を行うことになりました。

学校の授業より先に進んでいることが自信になった生徒

数学については学校の授業より先に進んでいることが自信になり、ケンタ君は「定期テストを受けたい」と言ってくれるようになりました。しかし定期テストを受けるためには、学校に行かなければなりません。ところが不登校だったケンタ君は、中学3年生の始業式から学校へ通い出したのです。遅刻ぎみではあるものの、ほとんどの日は登校するようになり、指導の内容も数学だけでなく国語も順調に進めていくことに。「なんかゲームも飽きてきた」と言うようになり、態度も柔らかくなったことをお母様は感動されていましたが、誰よりも本人が一番「自分が変わったこと」を感じていたと思います。

再び不登校
そして思いがけない展開に

ケンタ君は希望する私立高校に合格し無事入学できたものの、ゴールデンウィーク明けから「通うのがめんどくさい」という理由で学校を休みがちになります。友人関係や先生と何かあったのか。それとも他に行きたくない理由があるのか。とても心配でいろいろたずねましたが「別にそういうのは何もない」ということでした。学校にお母様が問い合わせても「クラスでは特に目立つことも浮くこともなく、かといって友達がいないわけでもなく、普通に過ごしている。」ということでした。7月頃になると、もう完全に学校に行かなくなってしまいます。理由は依然わからないまま。高校へ行けない状態が続くものの、私の指導だけは決して休まずに毎週受けてくれていたので、私との関係は変わらず指導は楽しく続けていました。

再び不登校になってしまう

「学校、辞めたいんだけど、どう思う?」とケンタ君に聞かれたのが高校1年生の秋のことです。理由ははっきりしませんでしたが、私は学校を辞めることのメリットとデメリットの話、辞めた場合の選択肢、そして私自身の高校や大学時代の苦悩、自分の経験談などを指導の度に話していくことになります。少しでも自分なりの経験や考え方が彼に伝わってプラスの方向に向かってくれれば…。そんな思いでした。いくつもの提案の中で、通信制高校については本人も興味を示し、翌年の4月から通信制高校での通信コースが始まります。私のプロ家庭教師としての指導も、今までのような数学と国語ではなく、通信制高校のレポートのサポートがメインになりました。ADHDの特性ゆえ、ケンタ君は「期限までに」「コツコツやる」ということができないため、9科目あるレポート課題の日々のスケジュールもフォローしました。

生徒に合わせて様々なフォローをするプロ家庭教師

高校生になってからのケンタ君は、どういうわけか私に対して敬語で話してくれるようになりました。私が大学時代にしていたアルバイトことを話し、良い経験になることやお金より大切なことをたくさん学べることからケンタ君にもアルバイトを薦め、ケンタ君はスーパーマーケットで働くことに。スーパーマーケットにいるのは自分より年上の先輩や社員さんばかり。そういう環境の中で、自然と敬語が身についたのかもしれません。そんなケンタ君がある日私に言いました。「先生、あのさ、俺ね、大学に行きたいなって思うんですけど、行けますかね?」あまりの急展開に正直驚きました。進学の意思をまだ母親にも話していないとのこと。しかも、入りたい大学は誰もが知っている有名校で、もちろん誰にでもチャンスはありますが現状を考えると「無謀」とも言えます。自発的に芽生えた向上心を全力でサポートするのがプロ家庭教師です。それから、通信制高校のレポート提出はケンタ君が1人で頑張り、私の指導は大学受験に向けての英語と数学が中心になりました。

大学受験に向けての英語と数学が中心に

自分で高い目標を見つけて、そこを目指して努力をする。これが本人を変えました。中学の時とは別人のように前向きになり、お母様への口調や態度もものすごく丁寧で優しくなりました。学習時間が日を増すごとに増えていき、夏には毎日8時間は勉強するようになりました。少しずつ模試の偏差値も上がり、模試では英数国の3科偏差値が55を超えるようになります。毎日毎日、努力をし続けるケンタ君。この時期の彼は本当に輝いていました。「ゲームの存在を忘れてた。なんかね、ライバルはもっとやってるって思うとゲームどころじゃないというか…」その言葉を聞いて、私は泣きそうになりました。元々は不登校で人とコミュニケーションすら取ろうとしない生徒です。しかし高校3年生の彼は、志望校合格へ向けてひたむきに勉強し続ける、優秀な受験生以外の何者でもありませんでした。そして、その努力が実を結び、目標としていた某有名私立大学合格を勝ち取ることができたのです。

プロ家庭教師の仕事を
支えてくれるもの

私の指導が終了した後も、大学生になったケンタ君とはEメールのやり取りをしたり、たまに食事をしたりと連絡を取り合っていました。大学のサークル仲間とよくご飯を食べに行く話や大学の講義の話、ひとり暮らしを始めたばかりで毎日が楽しくて仕方ないといった明るい話を聞いていると、本当に良い方向に向かっていてくれたと安心しました。大学3年生になったケンタ君から「先生、俺もう成人だからお酒飲めるよ!飲みいこーよ!」と誘いがあり、私はケンタ君と待ち合わせ、街の焼き鳥屋さんで食事をすることに。指導開始当初は中学生だった彼と、お酒が飲めるようにとは。そして、お酒に少し酔ったケンタ君が私にこう話してくれました。

「先生と何年間も毎週会ってきて、勉強だけじゃなくていろんな話ができて、世界が広がったっていうか。先生みたいに、人に影響を与えられるような仕事をしたいというか、そういう大人になりたいなって。それなら、まずは大学に行かなきゃいけないと思ったんです。」

指導が終わって何年も経って、まさかそんな言葉を聞くとは思ってもいませんでした。私はケンタ君が大学に行きたいと思った、本当の理由を知ることになりました。楽しそうに隣で話すケンタ君の活き活きとした表情。思いがけない言葉が嬉しくて、私の頬を伝わる涙。人に影響を与えられる仕事、それが私たちプロ家庭教師の仕事です。生徒の将来への希望や目標を示し、共に泣いたり笑ったりしながらその道のりを一緒に歩んでいく。いつも、いつも、うまくいくことばかりではありません。この仕事をしていて悩みくじけそうになるとき、ケンタ君にもらった言葉がいつも私の背中を押してくれます。

PROFILE

2005年入社。新規営業、不登校児の訪問対応を経て、プロ家庭教師として幼児・低学年を対象とした指導を担当しつつ、シニア社員の教務研修を行う。

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