なぜ宿題をやらないのか

2017.4.17 | 指導方法 課題の選定プロ家庭教師

私たち人類が、果たしてこの世を生きていく上で『最もしなければならないこと』とはなんでしょうか?

賢い読者の皆様でしたら、そんなのすぐに分かっちゃいますよね。そうです。

【宿題をやること】以外にありえませんよね!?

いえいえ、なにも冗談を言っているのではありません。

宿題というとアレですが、私たちは、生活の多くの場面で「課題」というものを一つ一つクリアしていかなければならないのです。

意図せず起こりうる課題と言うのもありますが、それとは別に、私たちには家庭の中では親に、学校の中では教師に、職場などでは先輩や上司に、何らかの意図のもと課題を出されます。私たちが子供の頃は、当面それは嫌なものに思われがちです。でもそれを出す側の人たちは「こいつを懲らしめてやろう!」などという思いでそうしているわけではありません。「この子が今より更にステップアップするためには、これをやらせなければならないな」という思いをもってそれを出しているのです。

課題というのは、自分にとっての大事な成長の機会なのです。

 

あれ…?そうであれば、私が大量の宿題を生徒に出したときなんかには「ありがとうございます!!」の一声ぐらいあってもいいですね。

ただ、やはりそれは子どもたちには伝わらない。伝えようとしたって何か恩着せがましい。それは自身で気づいていってほしいものですが、宿題をやらせるという習慣は是非とも付けさせたいものです。子どもたちが大人になった頃に、どうしてああもうるさく言われたのだろうと、わかる日がきっとくるはずです。

宿題をやりたくない子がいますね。

その子と宿題とは磁石の同極が反り合うがごとくです。どうして嫌なのでしょうか?本来的に、子どもは宿題が嫌いになる生き物なのでしょうか。性善説や性悪説ならぬ、性宿題嫌い説…というのはおそらくないでしょう。

そうした子の中には「やったってどうせわかりっこない」という考えを持っている子が多いです。学校や塾などでは、授業でやっていない問題も宿題に出される、勉強ができる子であれば「自力でやってやろう!」と意気込みもするでしょうが、子どもたちの中には、どうしてもそれができない子というのが一定数存在します。

学校や塾で出される課題が手につかず、宿題をやらないことに慣れきってしまい、本来できるはずだった課題すらも手を付けようとしなくなる、そうして学力が落ちていき…と負のスパイラルです。

 

ですから、私たちジャンプの教師は、必ず、「その子が解ける問題」を宿題にしています。勉強が出来ない子も勉強がやりたくないわけじゃない。「ワカラナイ勉強」をやりたくないのです。私たちが、それが「分かる勉強」であることを示してあげさえすれば、子どもたちは勝手にやってくれるものなのです。

少しぐらいわからない問題が混ざっていたほうが、生徒の知的好奇心を刺激する、という考えもありますが、それは宿題をやることがほぼ習慣づいている子に向けてすべきこと。まずは宿題に取り組むようにすること、それが最初のステップです。そのステップをクリアしたあとで、段階的にできることを増やしていくべきではないでしょうか。

 

No!No!と言ってばかりでは、いつまでたってもくっつきません。始めるぞ!というStartの気持ちを持って、与えられた課題に向き合ってほしいですね!

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